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活動報告とは違いますが、本当の終戦はいつなのか考えてみました。

昭和20年8月15日、昭和天皇の玉音放送を拝しポツダム宣言の受諾により日本国民の戦いは終りました。
同9月2日、戦艦ミズーリ艦上での降伏文書の調印により日本軍の戦いも終りました。
そして、連合国による占領を経て、昭和26年9月8日サンフランシスコで調印された日本と連合諸国との講和条約(『日本国との平和条約』)が発効し、まがりなりにも戦時占領状態が終わり独立を回復した昭和27年4月28日が終戦だと思います。私がまだ母の胎内にいたころです。

ミズーリ艦上での調印式、いろいろとエピソードがありますね。

・ミズーリの停泊位置は、マッカーサーの思いにより、ペリー提督のポーハタン号の停泊位置を意識して決定された。

・調印式に臨む日本全権団を迎える艦上には、小柄の日本人を威圧する為に身長6ft以上の水兵を選んで整列させた。

終戦ミズーリ02

・ペリー以来100年の念願である日本制圧を記念すべく、艦橋には当時の星条旗のほか、ペリー提督の黒船が揚げていた31個の星が描かれた星条旗をわざわざワシントンから運んで掲げた。

終戦ミズーリ07
終戦ミズーリ04

・日本全権団の服装は、重光葵外相以下政府関係者は外交儀礼を尊び燕尾服にシルクハットの正装だが、梅津美治郎参謀総長以下の軍人は降伏は不名誉である故に礼装ではなく平服(戦闘服)であった。

終戦ミズーリ03

そういえば、以前の加瀬英明先生の講演会で、この調印式に加瀬先生のご尊父である加瀬俊一氏が重光葵外相に随行していたと言うお話がありました。(写真右側の方です)

終戦ミズーリ01

ご尊父加瀬俊一氏は大東亜戦争の開戦を防ごうと、東郷茂徳外務大臣の秘書官兼政務局6課(北米担当)課長として日米交渉を担当し必死に努力したにも拘らず、現在明らかになった事は、米国は水面下で開戦準備を進め日本側の誠心誠意の努力は蹂躙されていたのであり、無念であると述べられました。
因みに、
この東郷茂徳外務大臣は終戦時の鈴木内閣でも外務大臣を務めています。
そして、東郷茂徳外務大臣は改名していますが朝鮮人だったそうです。
日本人が朝鮮人を差別したと言うのは、どんな根拠に基づくのでしょうか?

先人の様々な苦悩の上に、現在の日本が存在し、私達は日本人として生きています。
思想はともかく、事実と先人達の苦悩は決して忘れてはならないと思います。
私は今、心底日本人に生まれて良かったと思っています。
だから、私を生んでくれた母そして父や先人達に感謝しています。
                         (代表理事 藤井守人)